
AFPニュースから
日本と中国のスタンスの違い
日本では、高市政権が積極財政へ方向転換し食品の消費税を下げると言ったら、「減税で不足する財源を明らかにしろ!」とテレビや新聞、識者までもうるさい。高市政権は、国債の残高より高い経済成長をさせる「責任ある積極財政」を進めるので大丈夫と言う。
ところが、日本の財務省やオールドメディアはつねに「我が国にはお金がない」と不安をあおり、何より大事なのは、収入と支出(歳入と歳出)のバランスだと警告を発する。この言説を全く無視し、恐ろしい国債の残高と恐ろしい高成長を果たしてきた国が中国だ。
つまり、日本がデフレに陥り成長できなかった30年間に、中国はGDP(国内総生産)でアメリカをあと数年で抜き1位になるだろうと言われる。もちろん、実際の中国は不動産不況が起こり、いびつな人口動態、アメリカとのデカップリング(切り離し)などでその勢いは失速しそうである。しかし何故ここまで登りつめたのか、世間(テレビ、新聞)でほぼ言われないことを明らかにしたい。
それは中国政府が実行した2つのことに原因がある。
一つは、巨額の通貨発行(信用創造)である。それはMMT(現代貨幣理論)やニュー・ケインジアン(100年前のマクロ経済学の巨人ケインズの理論を引き継ぐ経済学者たち)の理論を実践したことだ。
二つ目は、為替安を守ったことである。この為替安も凄まじく、日本が1985年のプラザ合意(日本とドイツが米英に為替高にするように求められた会議)で円が対ドルで2倍の円高(1ドル240円から120円へ)になり、バブル発生と崩壊を横目で見た中国は、対円のレートは10倍安くなった。中国製品は、日本製品に10倍の価格競争力を持つようになった。中国はその間、国内に通貨発行量を爆発的に増加させ、そのお金で製造業を支援すると同時に、日本の10倍安価な為替安を意図的に維持することで、日本の製造業の優位性を奪い、「ものづくり大国」の座は完全に中国に奪われた。
では、その巨額の通貨発行と為替安政策がどんなものだったのか実際をグラフで見てみる。
1.巨額の通貨発行
下のグラフが中国(緑)、アメリカ(青)、日本(赤)の1980年からドルに換算した通貨発行量である。今や中国は、実にアメリカの倍の通貨発行量!!になっているのに対し、日本はほぼ横ばいである。なぜ、こんなに巨額な通貨発行をしたのに、ハイパーインフレや財政が崩壊しなかったのかと、多くの人は疑問に思うだろう。その答えは、通貨供給量に見合う成長をし需要と供給が見合っているから、問題となるインフレや経済破綻しなかったのだろう。

2.為替安政策(近隣窮乏化政策)

上の表を見ると、円(青線)はドルに対し1970年代の360円から2026年の150円へと高くなり、元(赤線)はドルに対し1.5元から6.75元へと安くなっている。円と元の関係を見ると、1970年代に 1元 = 約240円だったものが、2026年に 1元 = 21円になっており約11.4倍、円高元安になった。つまり、輸出入において競争力が日本は実に11倍弱くなり、中国は11倍強くなった。
3.結論
つまり、日本はずっと個人や民間企業と同じく政府の運営も「入るを量って出を制す」と赤字を出さないように運営してきた。しかしこの考えには、間違いがある。自国建ての通貨で通貨発行する国家が、経済成長の範囲で通貨発行することは問題ない。むしろ、通貨発行しないことが成長の阻害要因になる。このことを中国の成功が示している。
おまけに今、中国はアメリカから切り捨てられ、国内では人口以上の住宅を作り投資をしてきた住宅バブルの崩壊により、経済崩壊の瀬戸際にある。成功と失敗、経済運営の実例でもある。
おしまい
注釈(生成AI Geminiが作ったもの)
<巨額の通貨発行について>
中国は一貫して3カ国の中で最も高い伸び率を維持しており、1980年の0.09兆元から2026年には357兆元と、45年強で4,000倍に拡大しています。特に2008年のリーマンショック後の大規模な財政・金融刺激策の局面で急加速したのが特徴的です。
米国は1959年以降、年率5〜7%程度の緩やかな成長を続けてきましたが、2020年のコロナ対応で1年強のうちに約4兆ドルも急増(15.4兆ドル→19.1兆ドル)という異例の伸びを見せ、その後2022〜2023年にかけて統計開始以来初めてとなる縮小(マイナスQT)を経験、2024年以降再び増加基調に戻っています。
日本は1990年前後のバブル期にかけて急拡大した後、1990年代後半〜2010年代前半は長期デフレの中で伸びが非常に緩やかでした。日銀の異次元緩和(2013年〜)やコロナ対応の財政出動を経て、円ベースでは2020年前後から再び伸び率が高まっているのですがドルベースでは下がっています。
<為替安政策について>
実は、アメリカが中国に対して激しく怒っていた時期の構図は、「元が安すぎるから、もっと切り上げろ(元高にしろ)」という要求でした。中国が「元安」の状態を維持して輸出で一人勝ちしていたため、アメリカは「不当に元を安く操作している」と猛批判したのです。日本が1985年のプラザ合意でアメリカの要求を呑み、急激な円高を受け入れたのに対し、中国がアメリカからの「元高への切り上げ要求」に対して頑なに強硬姿勢を崩さなかったのはなぜか。その理由は、主に「経済の自立度」「政治体制(主権)の違い」「日本の失敗から得た教訓」の3点にあります。詳しく解説します。
🛑 1. 日本と中国の「安全保障・政治的立場」の圧倒的な違い
日本がアメリカの要求を拒めなかった最大の理由は、安全保障(軍事)をアメリカに完全に依存していたためです。日本(同盟国という名の従属):戦後の日本はアメリカの傘下にあり、政治・軍事・経済のすべてでアメリカの意向を無視できない立場にありました。中国(独立した共産党一党独裁国家):中国は核保有国であり、軍事的にも政治的にもアメリカから完全に独立しています。アメリカに経済的な圧力をかけられても、国家の主権や共産党体制を脅かされるような譲歩は絶対にしないという強い姿勢(主権の誇示)を通すことができました。
📉 2. 「日本のプラザ合意後のバブル崩壊」を徹底的に研究していた
中国の経済指導者たちは、日本の現代経済史を教科書にしていました。特に「日本はアメリカの言う通りに急激な円高を受け入れた結果、バブルが発生し、それが崩壊して『失われた30年』に突入した」と猛烈にインプットしていました。中国政府は、アメリカの要求通りに一気に人民元高を進めれば、国内の輸出産業(製造業)が壊滅し、数千万人の労働者が失業して共産党体制の崩壊(暴動など)につながると本気で恐れていました。そのため、「アメリカを喜ばせるために、自国の経済を犠牲にするような急激な切り上げは絶対にしない」という方針を貫きました。
🌾 3. 経済の構造と「購買力平価(物価)」の違い
1980年代の日本はすでに最先端のハイテク国家(先進国)でしたが、2000年代前半までの中国はまだ「貧しい発展途上国」でした。当時の中国には数億人の農村労働者がおり、彼らに「世界の工場」の工場労働者としての仕事を与えることが国家の最優先課題でした。アメリカは「ドルの価値に対して人民元のレートが安すぎる」と主張(名目為替レートの議論)しましたが、中国側は「中国の物価や国民の所得水準(購買力平価)を考えれば、このレートこそが実態に合っている」と言い張り、発展途上国としての権利を主張し続けました。
⚖️ 結果:中国がとった「時間を稼ぐ」ずる賢い戦略
中国は完全に無視したわけではなく、アメリカとの全面的な貿易戦争を避けるため、「アメリカのメンツを保ちつつ、極めて遅いスピードで元高にする」という引き延ばし戦術をとりました。これが2005年に導入された「管理変動相場制」です。一気に元高にするのではなく、中国の輸出企業がショックを吸収できるスピードで、何年もかけてじわじわと1ドル=8.28元から6元台へと元高に進めました。アメリカを口先や微調整でなだめながら、自国の国力がアメリカに匹敵するまで時間を稼ぎきったと言えます。この「日中のアメリカに対する態度の違い」は、現代の米中対立の根底にあるテーマでもあります。もし「2000年代にアメリカが中国を『為替操作国』と批判した時期の具体的な攻防」など、さらに深掘りしたい部分があれば教えてください。





















